きっかけ
ある時、知り合いから、人付き合いをもっと増やした方がいい、今のままだと寂しい人生になるかもしれない、話すのがあまり得意ではなさそうだ、といった趣旨のことを立て続けに言われた。
その時はかなりこたえた。もともと人と話すのが得意ではない自覚があったし、会話中に相手の表情を見て「楽しそうではないな」と感じることもあった。そこから、話が下手なのは自分の中身が薄いからではないか、友達が少ないから会話経験が足りないのではないか、と考えるようになった。一方で、話が下手だから新しい友達ができないのではないかとも思い、袋小路のように感じていた。
当時の自己評価
当時は、内向的であることや友達が少ないことを、かなり明確な弱点として見ていたと思う。
特に「人と自然に仲良くなれること」「会話で相手を楽しませられること」「交友関係が広いこと」を、人間的な魅力の重要な指標として見ていた。その基準で自分を見ると、どうしても足りない部分が目についた。
今振り返ると、自分の性格全体を一つの弱点から評価しすぎていたところもある。
実際の交友関係
新しい友達を作るのは今でもあまり得意ではない。
ただ、中学・高校・大学時代の友人とは今でもつながっている。頻繁に会うわけではないが、年に何度か会ったり、帰省時に飲んだりしている。ゲーム、仕事、将来、悩み、ゴシップなど、かなり率直な話もできる。
そのため、「友達がいない」という表現は少し違うのかもしれない。交友関係が狭く、更新頻度も低いが、長く続いている関係はある。
一人で過ごす生活
普段の私生活はかなり一人で完結している。
平日は仕事をして、その後にジムへ行き、少し麻雀をして寝る。休日は図書館で読書や勉強をして、ジムへ行き、家事をして、また少し麻雀をして寝ることが多い。
外から見ると単調かもしれないが、自分としてはこの生活にかなり満足している。
仕事を頑張ること、筋トレをすること、勉強や読書を続けることが好きなのだと思う。どれも少しずつ自分の中に能力や経験が蓄積される感覚がある。派手な出来事は少ないが、「今日も少し前に進んだ」という感覚を得やすい。
内向性とメンタル回復
最近、一番大きく考えが変わったのはここ。
自分はメンタルを含めたバイタリティが比較的強い方だと思っている。その強さを、以前は単純に根性や性格の問題だと思っていたが、内向的な生活そのものが支えている可能性がある。
自分の回復手段を並べると、寝る、食べる、本を読む、勉強する、筋トレをする、麻雀をする、とかなり一人で完結している。
つまり、メンタル回復の主要な手段が、自分である程度コントロールできる範囲にある。
疲れたら寝られる。頭を切り替えたいならジムへ行ける。本を読みたければ読める。何も考えたくなければ麻雀もできる。他人の都合や機嫌を待たずに、自分で回復行動を開始できる。
これは自分にとってかなり大きな強みなのかもしれない。
「回復」と「成長」が重なっている
もう一つ面白いのは、自分の回復手段の一部が、そのまま自己強化にもなっていること。
筋トレをすれば身体が強くなる。読書や勉強を続ければ知識が増える。仕事を続ければ経験が蓄積する。
実力がつけば、以前なら大きく消耗していた仕事上の出来事にも対応しやすくなる。その結果、受けるダメージそのものが小さくなることもあると思う。
自分の生活には、
消耗する
→ 一人で回復する
→ 回復の過程で少し能力がつく
→ 次は以前より消耗しにくくなる
という循環があるのかもしれない。
他人との交流について
交友関係が広い人には今でも魅力を感じる。
人と過ごすことで、自分一人では得られない情報や考え方、楽しさ、偶然が入ってくる。自分にはない能力だと思うし、羨ましく感じることもある。
一方で、人との交流は自分では完全に制御できない。相手の発言や行動が自分にとって心地よいとは限らないし、その予測不能さ自体が人付き合いの面白さでもある。
だから、人との交流によって回復することが悪いという話ではない。ただ、自分の場合は、回復の大部分を一人でも行えることが安定につながっているのだと思う。
現在の考え
以前は、内向的であることを弱点としてかなり大きく捉えていた。
今は少し違う。
内向的であることは、新しい人間関係を作りにくい、会話経験が増えにくい、といった弱点につながることはある。一方で、一人の時間を苦痛に感じにくく、自分で回復し、自分を鍛える時間として使いやすいという長所にもつながっているように思う。
つまり、自分の内向性は、直すべき欠点というより、長所と短所を同時に持つ性質なのかもしれない。
今後も気をつけたいこと
一人で回復できることと、人を必要としないことは同じではない。
自己完結できることを強さだと思いすぎて、人との関係を避ける理由にしないようにはしたい。昔からの友人との関係は大切にしたいし、新しい人との交流にも余裕がある時には開いていたい。
ただし、「友達が多い方が良い人生」「社交的な方が人間的に優れている」という基準を、そのまま自分に適用する必要もない。
自分は今の生活をかなり気に入っている。その事実は、他人からどう見えるかとは別に大切にしてよい。
現時点での仮説
自分のバイタリティの一部は、内向性によって支えられている。
一人で過ごすことが苦ではなく、自分で回復手段を選べる。そして、その時間を回復だけでなく、筋トレ、読書、勉強などの自己成長にも使っている。
今後、内向性を「人付き合いが苦手」という一面だけから評価するのではなく、自分の生活全体の中でどのような役割を果たしているのかを見ていきたい。